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手塚前派による、漫画評論、及び活動日記
本家→手塚前派・http://tedukazenha.com/
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手塚治虫と私
手塚前派的 漫画感想日記イ箸靴董
『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』の感想を書く予定だったのですが、非常に共感する部分が多かったので、まずは何故私が手塚前派という構想に至ったかという事を簡単に書き記しておきたいと思います。

・手塚治虫との出会い 1987年

はっきりと覚えている。それは私が小学2年生のときのことだった。
近所の町内図書館のような場所に本を借りに行き、ふと目に付いた『火の鳥 鳳凰編』を手にとった瞬間。
それが私と手塚漫画とのファーストコンタクトであった。

それまでの私の手塚治虫が描く漫画に関する知識といえば、
ディズニータッチの愉快で陽気な漫画という認識しかなく、
『火の鳥 鳳凰編』を手にとったのも、当時ファミコンのゲームで同名のタイトルのものが出ていたということがきっかけだった。

幼いながらも手塚治虫というビックネームを充分に意識していた私は、
これは氏の代表作であり、そうとうに面白い作品に違いないという確信をもって『火の鳥 鳳凰編』を借りた。


そして数時間後……


私はひどい吐き気にみまわれていた。

明るく健全なイメージを期待して読んだ『火の鳥 鳳凰編』に描かれていたのは、差別、殺人、強姦、嫉妬、虚無、そして生命の無意味さだった。

それが劇画タッチの漫画であったら、まだどれだけマシであったことか。

手塚治虫のディズニータッチによって描かれるそれは、壮絶なギャップを伴ってその威力を何倍にも拡大し襲いかかってきたのだ。
十代にも満たない私にとって、それはもはや暴力以外の何者でもなかった。
幼い私の脳みそは、その混沌とした状況に対応することすらできず、
ただ、劇中の主人公である我王によって叫ばれる

「生きる?死ぬ?それがなんだというんだ」

「宇宙の中に人生など いっさい無だ!ちっぽけなごみなのだ!」

という絶望的なセリフをただ脳内でリフレインしつづけるという状況に陥った。

私はそれを一旦、自身の選択の間違いとした。

『火の鳥 鳳凰編』が特別暗い漫画だったのだ、それ以外の手塚作品はイメージ通りの愉快痛快な漫画に違いないと…。

そしてある時テレビで『鉄腕アトム』のスペシャル版のような番組が放映された。
もうこまかい話しは忘れたが、そのラストでアトムがどうなったかだけは覚えている。

妹のウランに見送られ、人類の罪の責任を全て背負い、太陽にロケットで飛び込むアトム……。

あまりにも絶望的なラスト。

この時点で私は手塚治虫という漫画家を決定的に信じる事が出来なくなった。

そしてアンチ手塚治虫という立場を取る事に決めたのだ。

続く。
| 手塚治虫と私 | 01:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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