CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
RECOMMEND
UTOPIA最後の世界大戦
UTOPIA最後の世界大戦 (JUGEMレビュー »)
藤子・F・不二雄,藤子 不二雄A
RECOMMEND
オッス!トン子ちゃん [3巻セット]
オッス!トン子ちゃん [3巻セット] (JUGEMレビュー »)
タナカ カツキ
孤独こそ 人間が強烈に生きる バネだ!
孤独こそ 全人類と結びつき 宇宙にむかって
ひらいて いくんだ
RECOMMEND
テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ
テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ (JUGEMレビュー »)
伊藤 剛
手塚治虫=神という戦後日本漫画界の絶対的構図を否定し、漫画評論に新たな息吹をふきこんだ名著。漫画に明確な価値基準を求めた点で、いままでの漫画評論の本とは一線を画す。
RECOMMEND
汽車旅行―復刻版
汽車旅行―復刻版 (JUGEMレビュー »)
大城 のぼる
日本漫画表現史上大変重要な作品。著者は『火星探険』の大城のぼる。漫画表現において初めて『同一化技法』を使用したとされるエポックメイキングな漫画作品。もちろん単純に一つの作品と見ても、上質な絵本のように親子で楽しめる素敵な漫画。
RECOMMEND
 (JUGEMレビュー »)

昭和15年に発行され、戦前の幻の漫画作品といわれた、旭太郎(原作)大城のぼる(絵)の世界で初の長編SFストーリー漫画。
100%ORANGEや寺田順三、スドウピウ作品などカワイイ雑貨や絵本など好きな女性は(もちろん男性も)ぜひ騙されたと思ってこの「火星探険」を読んでみてください。
主人公、テン太郎くんのお供の猫のニヤン子、犬のピチクンが可愛くてたまりません!!
きっとあなたのお気に入りの一冊として、本棚に永遠に居続けることでしょう。
RECOMMEND
正チャンの冒険
正チャンの冒険 (JUGEMレビュー »)
織田 小星, 樺島 勝一
日本の漫画として、初めてコマ割とフキダシを使った画期的な作品。内容は幻想的なものが多く、バウケンカ(冒険家)の正チャンがお供のリス(名前もリス)と様々な場所を冒険するというもの。
「シッケイナ」byリス
「コノカボチャアタマメ」by正チャン
などと名ゼリフ多数。
愉快痛快な漫画です。
音読して読むと8倍くらい楽しめますので、音読をオススメします。
RECOMMEND
きょうの猫村さん 1
きょうの猫村さん 1 (JUGEMレビュー »)
ほし よりこ
日本漫画界において、ストーリーではなく表現形式によって漫画が差別化できる時代になったという、象徴的な作品。猫村さんの唄、そしてネコムライスが良い。
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
手塚前派による、漫画評論、及び活動日記
本家→手塚前派・http://tedukazenha.com/
<< 手塚前派的 漫画感想日記 5 (2) | main | 手塚前派的 漫画感想日記 5 (4) >>
手塚前派的 漫画感想日記 5 (3)

第2章 切断線を超えるもの―いがらしみきお『ぼのぼの』の実践

マンガ批評誌『COMIC BOX』の特集「まんがは終わったのか?」(1995年7月号)
この特集の中での、いがらしみきおの「漫画は終わった」という発言を中心に第2章は展開していきます。

この特集号は私もリアルタイムで読みました。
いがらしみきおの発言は、ひとりだけ奇妙だったので印象に残っています。

「物語が終わってしまった」と、いがらしみきおは言います。

これには私も同意見です。
漫画における物語は『風の谷のナウシカ』漫画版、『AKIRA』によってすでにその役割りを終えていると考えています(宮崎駿は言うに及ばず、大友克洋も漫画家であるというより、現在はアニメーションという映像畑の人物であるということも、漫画における物語の終わりを示唆しているようで私的に興味深いところです)。

いがらしみきおは、漫画が「翻訳し再構成するもの」という役割りを終えて、その役割りがすでに他のメディアに受け継がれたとも発言しています。

著者はいがらしみきおが次の漫画表現としての「データベース」という概念を選び取ったこと、それを東浩紀の「動物化するポストモダン」という考えと結びつけ、物語の解体を感じ取った、いがらしみきおが『ぼのぼの』という作品において何を描いたかという点を分析していきます。

(このあたりが読んでいて、文章の流れが非常に上手く、「物語というテキストから遊離していくキャラ」→「キャラの自立化」という著者の提案する概念が、『ぼのぼの』という作品を通じて分かりやすく説明されています。
またそれが、次章で語られる「キャラクターとは何か?」という問題に繋がっていて、とても理解しやすいです)

そこから、我々が「キャラ」というものを、いかに無自覚に楽しんでいるか、享受しているかということが明らかになっています。

著者は『ぼのぼの』に日本漫画の「ポストモダン」を見いだし、またそれを起点とすることで日本漫画の「モダン」も見えてくるのだと語ります。
「マンガという表現は近代の産物である」という著者の考えに、私は大いに賛同します。

「全体性をも保ちながら巨大化してきた「まんが」が、ここにきて一気に拡散し「解体」に向かいつつある」
『まんが解体新書 手塚治虫のいない日々のために』/村上知彦

この言葉から著者は戦後漫画の「ある種の全体性」という思想の存在を読み取っています。
(これが現在、漫画の読みを「物語」という角度からしか分析できない原因となっていると私は考えています)

そして漫画の構造分析に話は移るのですが、漫画を構成する要素として著者が提案するのが、「キャラ」「コマ構造」「言葉」の3要素です。
私はこの部分がこの『デヅカ・イズ・デッド』の中で、一番特筆すべき点だと考えているのですが、斉藤宣彦による漫画の構成要素が「絵」「コマ」「言葉」であったのに対し、かなり進んだ見解を示していて、とても刺激を受けました。

その漫画構造のモデルを当てはめれば、『ぼのぼの』『あずまんが大王』などにおいて「四コママンガ」が起承転結から離脱し、「ストーリー四コマ」という新たな表現を獲得したという著者の考えも納得がいきます。

最後に著者は、自身の提案した「キャラ」「コマ構造」「言葉」の3要素を核にし、そこに作者、読者、さらに社会環境などを配置した、漫画表現総体のモデルを図で示してみせます。
これによっていままでの漫画評論などに欠けていた要素が何であったのか、分かりやすく説明されています。

続く
| 『テヅカ・イズ・デッド』を読んで | 04:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.tedukazenha.com/trackback/259711