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手塚前派による、漫画評論、及び活動日記
本家→手塚前派・http://tedukazenha.com/
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手塚前派的 漫画感想日記 5 (4)

第3章 「キャラクター」とは何か

前の章で展開された、漫画を構成する3要素は「キャラ」「コマ構造」「言葉」であるという論を、著者はさらに掘り下げていきます。

私たちがマンガを読み「面白い」と思うとき、必ずしも主題のレヴェル、「何」が描かれているかにだけ反応しているとはいえない。私たちは、間違いなく「どう」描かれているかに反応している。
『テヅカ・イズ・デッド』82Pより

これはまさにその通りで、記号論という戦後日本漫画にとりついた呪縛が、漫画の表現論をいかに阻害してきたかをピタリと言い当てています。

ここでは「快楽」というキーワードが肯定的に書かれています。
漫画を読むという行為の中に様々な「快楽」の要素が存在しているという考えです。

ともすれば日本人はこの「快楽」というキーワードに非常に否定的なイメージを感じとるかもしれません。しかしながら我々が表現というものを享受するとき「快楽」というもっとも人間の根源的部分を刺激されているのは、まぎれもない事実なのです。

次に著者は「キャラクター」というものを論じる前程として、漫画における「リアリティ」という問題に触れ、映画の「リアリティ」を例に出して漫画と比較しています。

戦後日本漫画において「映画的」であるということが、ひとつの誉め言葉として機能してきましたが、そもそも実際の風景や人物を素材としている実写映画の表現方法として追求してきた「リアリティ」と、虚構であるということを前提に享受されている漫画の「リアリティ」では、比較して論じるさいに実写映画の方法論をそのまま当て込んで考えることは難しいのではないでしょうか。

「映画的」「文学的」という形容が自立した表現を意味するものとして漫画に付随して使用されるとき、誉め言葉として機能しているのに対し、「漫画的」な漫画という形容がそもそも自立した表現を意味していないことは、漫画という表現に対する無意識の差別心の現れだと考えます。
そして、実は「漫画的」という形容こそが、漫画という表現の根幹に関わってくる部分なのではないでしょうか?

著者はその点を「キャラ」という存在を通じて論じることで、解き明かしていきます。
なおかつ「キャラクター」と「キャラ」を別のものとして分離します。
それによって戦後日本漫画において「キャラクター」と「キャラ」という概念がどのように区別され、使用されてきたのかが理解できるのです。

この部分も、著者の提案する漫画における「キャラ」という概念を説明する大変重要な部分になっています。

「キャラクター」とは漫画における「物語」というテキストから分離していないもの、それすなわち「人格をもった身体の表現」に他なりません。
「キャラクター」が立つことを、重視して制作された漫画は、その読みを、「人間が描かれているかどうか」という事に限定したものにしてしまう危険性を孕んでいるのです。

それをふまえて語られる、矢沢あいの漫画、『NANA』をモデルに比較した「キャラクター」と「キャラ」の違いの話はとても面白いです。

『NANA』は「キャラ」は弱いけれど、「キャラクター」は立っている。

この一見、謎解きのような言葉を理解することによって、現在の漫画の読みにおいてレヴェルの低いものとみなされている「キャラ萌え」を、漫画を構成する要素の一つとして読み取ることが可能になります。

さらには同人誌等でさかんに行われている、「2次創作」という行為を漫画表現の恥部のように扱い、隠蔽することなく「何故そのような表現がここまで拡大し、さかんに行われているのか?」という事実をキチンと語ることができるようになるのです。
(漫画評論はここにおいて、ようやく現在の日本の漫画シーンに追いついたのです!)

さらに著者は宮本大人の論を借り、日本漫画における「キャラ」の成立の起源を『正チャンの冒険』の「正チャン」に求めます。その上で宮本大人が提示した、「キャラクターを成立させる六つの要素」を発展させ、「プロトタイプキャラクター性」という概念を創りだします。

それによって、
「マンガのモダン」=「プロトタイプキャラクター」
「マンガのポストモダン」=「キャラクター」
という図式が成立し、日本漫画が手塚治虫以前、以後によって分断された原因がなんであったのかという部分に、ようやく焦点を当てることができるようになったのです。

漫画という表現において始めに存在したのは「キャラ」であり、「キャラクター」は存在しなかった。
では、一体いつ「キャラクター」は誕生したのでしょうか?

著者はその起源を、手塚治虫の『地底国の怪人』に見出しています。

続く
| 『テヅカ・イズ・デッド』を読んで | 04:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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