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手塚前派による、漫画評論、及び活動日記
本家→手塚前派・http://tedukazenha.com/
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手塚前派的 漫画感想日記 5 (6)

第5章 テヅカ・イズ・デッド―手塚治虫という「円環」の外で

手塚治虫が漫画の神として祭り上げられてしまった以上、戦後日本漫画史は手塚治虫を抜きに語ることができなくなってしまいました。

一人の人間が神になど、なれるわけがありません。

ビートルズやジョン・レノンを神と崇めていては、ロックミュージックは現在の多様性を持ち得なかったでしょう。

手塚治虫は決して神などではなく、ひとりの漫画家でしかありません。

私が手塚治虫を嫌いな理由は、その漫画作品にオリジナリティを感じないからです。
手塚は戦後の日本で、戦前の忘れ去られた日本のカルチャーと戦後入ってきた欧米のカルチャーをツギハギにして作品としました。(そして、私は90年代アニメシーンを席巻した『新世紀エヴァンゲリオン』にも同じ空気を感じます)。

手塚の絵柄はディズニーアニメそのものです。
手塚がそれを記号というのはかまわないのですが、それは手塚のディズニー信仰に近い好みに乗っ取った記号であり、とうてい普遍化できるものではありません。

手塚治虫が戦後なしえたことは、戦争によってバラバラになったカルチャーの良いところを集め、合成し、ひとつの作品としたことだと思うのです(そのセンス自体は高く評価できるところですし、それこそが手塚治虫という漫画家の根幹を成す部分かもしれません)。

それが新しい漫画表現の流れを生み出したことは確かでしょう、けれども結局それは漫画という表現自体を追及するものでなく、他のメディアの良い部分を積極的に取り入れ、漫画に置き換えてきた歴史ではないでしょうか。

手塚治虫自身が語るように、手塚の漫画は戦前の漫画家たちにとっては異端だったのです。
それは新しい表現というより、メインストリームからはみ出した支流のように私には感じられます。

手塚治虫もまた、『新世紀エヴァンゲリオン』の監督、庵野秀明に負けず劣らない極度の「オタク」であったのではないでしょうか。

著者は『GUNSLINGER GIRL』において、手塚治虫の『地底国の冒険』に始まった「マンガのおばけ」が「人間」という「キャラクター」に変容する歴史が閉じていると論じます。

なぜなら『GUNSLINGER GIRL』において少女たちは表面上は「人間」でありながら、逆に「キャラクター」を剥奪され、「キャラ」という存在として描かれているからなのです。

さらに『GUNSLINGER GIRL』著者、相田裕がそうであるように、私自身もゲーム世代であり、TRPGというゲームを経験しています。
TRPGとはまず、自身の「キャラ」をつくり、それを動かす「物語」を作り、その「物語」の中で「キャラ」を動かす遊びです。
このように「キャラ」が「物語」に先行するという経験は、70年代後半〜80年代前半に生まれた、我々第3オタク世代と呼ばれる世代には、ごくあたりまえの経験だったのではないでしょうか。

そう考えれば、現在の漫画同人誌の大半を「2次創作」の作品が占めることに、なんの不思議もないということが分かってきます。

続く
| 『テヅカ・イズ・デッド』を読んで | 05:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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